泡と雨

はじめまして。

 

突然ですが、彼女がお付き合いしはじめてからもう間もなく一年が経ちます。

そしてこの一年間、僕は彼女からたくさんの本を借りました。今では僕よりも僕の好みを把握しています。

 

どんな本を借りて、どんなことを考えたか。どんな風に2人の日々を豊かにしてくれたか。

忘れていくのは嫌なので、こっそりと、ここに少しずつ書き残していこうと思います。

 

 

思えば始まりはこの一冊でした。
まだ付き合う少し前、お互い◯◯さん、◯◯くんと呼び合ってた頃です。(彼女はひとつ先輩です)

とにかく話すきっかけが欲しかった僕がオススメを聞くと、彼女が貸してくれました。

 

ボリス・ヴィアン『日々の泡』
独特のファンタジーテイストとシュルレアリスム的感覚を持つフランスの青春恋愛小説です。

 

 

日々の泡 (新潮文庫)

日々の泡 (新潮文庫)

 

 

ボリス・ヴィアンとか好き?」という一言ともに出てきたこの難しそうなフランス小説に、内心ビクついたものの、表面上はきっちり「お、センスええやん」という余裕たっぷりの顔が出来ていたように思います。


僕の彼女は自称パリジェンヌ(※茨城生まれ茨城育ち)ですが、今考えるとこの時からその症状が現れていたのだと腑に落ちました。

 

今にも恋愛感情が芽を出そうかという立春前夜のタイミングで、好意的な(だったはず)男の子に貸す小説としてこの愛し合う男女が死別する作品を選んだことがなんの前フリにもなっていないことを願うばかりです。

 

20世紀で最も悲痛な恋愛小説と評されるというこの作品。

 

主人公はコラン。彼が愛するクロエ

コランの親友はシック。その恋人のアリーズ

コランの料理人ニコラ。その恋人のイジス

 

差はあれど、全員変わり者。

そして結論から言えば、誰も幸せにはなれません。

 

お金には困っておらず、とにかく労働を嫌うコラン。彼の周りには美しいものしかありません。

例えば世にも奇妙なカクテルピアノという楽器。

聴こえるデューク・エリントンの音楽。

その曲の名を持った美しいクロエ。

なによりそのクロエと過ごす毎日。

 

僕はあまりに自由気ままなコランに自分をありのまま重ねることはできませんでしたが、クロエは頭の中で彼女の顔になっていました。それだけで楽しい場面ではページをめくる手がいきいきと、反対に悲しい場面では鈍くなってくるのは不思議です。

付き合う前から1人で盛り上がっていたのが分かりますね…。

 

やがてコランと結婚したクロエの肺に睡蓮の花がつきます。その睡蓮は命を蝕む花なのです。

新婚旅行の終わり、恋が日常へと変わろうとしている時。

非日常的な美しいものしか必要ない。そんなコランの考え方が皮肉にも現実となって反映されてしまいます。

 

助けるためには部屋中を花でいっぱいにしないといけない。水は一日にスプーン2杯しか飲ませちゃいけない。 

治療のために減っていくお金。

プライドなど捨てて働くコラン。

彼の周りから消えていく美しい物の数々。 

止まらない僕のため息。

 

 

一方、お金に困っているにもかかわらず、労働を嫌うシック。

にもかかわらず、パルトルなる作家にまつわるあらゆるものを収集することをやめられない。

そんなシックを愛するアリーズは、彼を救うために直接パルトルに会いにいきます…。

そしてさらに勢いを増す僕のため息。

 

 

この小説のシビれるポイントは、死別に向かう日々の虚しさにきちんとページを割いているところかなぁと思います。

物語の幸福度が上がっていく道のり以上に、そこから下降していく疾走感に重きを置いて、あっという間の喪失をありのままに見せつけてくれます。

 

そう。そのあっという間の喪失がよりによって美しいのです。

 

生命の息吹としての、経済的なものとしての、彼らの描いた未来としての…泡はすべてはじけてしまう。

目の前に、昨日までと違ってしまったこの空間だけが残った。

その瞬間に味わう身を切るような空気の冷たさです。

しかし、その温度は同時に、たくさんの泡で満たされていた頃の暖かさでもあるという。

誰もが、はじけてしまってはじめて、漂う泡の美しさに気がつきます。というよりもきっと、はじけてしまってようやく本当に美しいものになるのでしょう。

 

ラストの一幕。

猫との会話中で、ずっと二人を見守ってきたハツカネズミが口にした台詞。クロエを亡くしたコランのことをこう表現します。

 

「つまり、その人は不幸なんだろう?」

「不幸なんかじゃないわ」ハツカネズミは答えた。

「心が痛いのよ。それが私には耐えられないの。・・・

 

コランは心が痛いだけで不幸ではないのです。

現にこの話を見届けた読者は皆、彼らの日々は美しかったと思っているはずです。

 

それでも…美しかったものとして完成しなくてもいいから、僕と彼女の毎日は無くならないでほしいです。

 

読み終えて。

この小説の、唯一無二のファンタジックな世界観と暴力的なまでの現実観の混在具合は、彼女その人自身に似ていると思いました。

例えば、お菓子の家に住むことを夢見つつも、いざ作るとなればその予算や部屋の設計には一切妥協しないというような矛盾した魅力が彼女にも備わっています。

魅力ある女性というのはきっと幻惑的で、同時にどこか現実的なのかもしれませんね…。

 

ちなみにこの本、『ムード・インディゴ〜うたかたの日々〜』というフランス映画の原作でもあります。

 

 

 

年300作品以上映画を観るシネフィルの僕は、実は以前からこの映画については知っていました。そして好きな映画でした。

なので原作がこれと知った時、好みが似ていてやたらと嬉しかったのを覚えています。

 

そんなこんなで、この作品の監督ミシェル・ゴンドリーは2人のお気に入りになっていきます。こうやってお互いの好き嫌いの地図を重ねたり、比べたり、つなげたりしていくのが何より楽しいんですよね。

ちなみにカップル成立後の初デートも同監督の『グッバイ・サマー』でした。

こちらも負けず劣らずオススメですよ!

 

 

グッバイ、サマー [DVD]

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その日お昼ご飯にケーキ(!)をもしゃもしゃ頬張っている彼女を見て「毎日誕生日みたいに過ごせる人」と表現したくなりました。

※頭の中がおめでたい人という意味ではありませんよ!ありませんからね!

 


そのデートの帰り道は雨が降りました。

傘は一本だけでした。

家まで送った別れ際、買ったばかりのジャケットの左肩は、男の意地でびしょ濡れになっていましたとさ。


以上、アワ〜い日々の思い出でした。